雑誌などに、よく読者の投稿欄がありますね。
最近その投稿欄の記事を読み大変感動したことがありますので、その事について書いてみます。
私のように小さな田舎町に住んでいますと、汽車でもバスでもいつもガラガラの状態なのです。
電車が駅に着くとドアが開くや否や、降りる人と入れ替わりにお客さんがなだれ込むという状態は、実感としてわいてきません。
都会に住む人にとっては、それは日常茶飯事の事なのでしょうね。
大阪の大きな駅に着いた電車に、その初老の紳士がおぼつかない足取りで、押されながら乗ってきたのです。
どこを見回してもとっくに満席ですわる場所などありません。仕方なく車両の隅の壁にもたれて立っていました。
その時です。近くに座っていた少年がとつぜん席を立ったのです。
おそらく小学校高学年位だと思われます。
「どうぞ」と恥ずかしそうに小さな声。すると、紳士は「ありがとう」と言ってかぶっていた帽子を脱ぎ、少年に深ぶかと頭を下げたといいます。
まさに最敬礼です。
それを近くで見られていた投稿者も高齢の方でした。
「もし、席をゆずられたのが私であったなら、”どうも”などといっただけで、座ってしまったかもしれません。
相手は少年であり自分は高齢者なのだから、席をゆずられて当たりまえなのだという気持ちがどこかで働くのではないだろうか。
このような少年の勇気ある行為に対していかに応えるか、それが我々大人の責務だと考えさせられました」と、おっしゃっています。
他人のことなんかそっちのけ。自分さえよければとばかり、我先に我先にとみんな夢中で突っ走る、心の涸れ切った今の世の中。
「日本は経済的には先進国かもしれません。しかし、人を思いやる心という部分では発展途上国なのです」といわれた人がおりますが、
本当にその通りだと思います。
この少年のように、年長者に席をゆずるというごくあたりまえのような行動さえも、今の社会では勇気のいる行為なのですね。
そして、受けた側にもそれが当然あたりまえなのだという、傲慢さがあってはいけないのですよね。
人は皆この世に生をうけた時から、さまざまな人たちに支えられ、今日ここに生きているのです。
この勇気ある少年がこれから先、人間として他の人たちから必要とされ役に立つことに喜びや生きがいを感じて、身も心も健康に成長してくれる事を、私は願っております。
そして、少年に心から感謝の気持ちで頭を下げて下さった行為で、私に感動を下さった素直な心を持った老紳士に「ありがとうございました」という気持ちでいっぱいです。